第二話 ここにいる

彼が都会に行くと言ったとき、私は驚かなかった。
やっと言ったのだと思った。

「仕事がな、向こうに決まったとたい」

そう言って、彼は少しだけ笑った。
安心したようにも、不安を隠しているようにも見えた。

「……そうなんね」

私はそれ以上、何も言わなかった。
この町では、言葉を重ねるほど、話はこじれる。

彼が出ていくという話は、すぐに広がった。
誰が最初に口にしたのかは分からない。
ただ、広がる速度だけは、いつも正確だった。

「楽なとこ行くとたい」
「こっちは、もう嫌になったとやろ」

そんな言葉が、私のいない場所で交わされていたらしい。

彼は、それを真正面から受け止めてしまう人だった。

「なんで、そがん言わすっとな」
「便利なとこで働くとが、そがん悪かとや?」

正しい言い分だと思った。
でも、この町では、正しさは必ずしも守ってはくれない。

夜、二人で並んで座っているとき、彼は続けた。

「ここにおっても、先が見えんたい」
「向こうは、ちゃんとしとる」

ちゃんとしている。
それは、この町に足りないものを、ひとまとめにした言葉だった。

私は、少しだけ間を置いてから答えた。

「私は、ここにおるよ」

彼は、すぐには返事をしなかった。

「なんでな」
「一緒に来たら、よかたい」

私は首を振った。

「理由は、なか」
「ここがおらんと、いかんだけ」

彼は困ったように笑った。

「……分かっとる」

その言葉は、私に向けられているようで、
実際には、自分に言い聞かせているように聞こえた。

別れの日も、特別なことはなかった。

「じゃあな」
「体、気ぃつけてな」

「そっちこそ」

それだけだった。

彼は都会へ行き、
私は、これまでと変わらない朝を迎えた。

連絡は、途切れたわけではなかった。
ただ、返す言葉が、少しずつ短くなっていった。

彼が選んだ場所と、
私が立ち続けている場所は、
地図の上では、そう遠くない。

それでも、
同じ言葉で話していたはずの距離は、
もう測れなくなっていた。

私は今日も、この町にいる。
それだけは、変わらない。

(第二話・了)

→島の端っこの物語